Archive for the ‘日本語’ Category

大量虐殺の警告を無視した国際社会

20年前のルワンダの残忍な民族過激主義に今も苛まれる司令官

1993年、ロメオ・ダレール司令官は国連平和維持活動の小さなミッションのためルワンダに向かいました。しかし到着から1年もしないうちに大きな事件が起こります。内戦の後、ツチ族はフツ族が支配する政府内での実権を約束されました。しかし武器や砲弾などがフツ族の民兵に流れてしまいます。ツチ族には政府に身分登録をする義務があり、また常に身分証明書を持ち歩かなければなりませんでした。これがツチ族虐殺につながる大きな原因となりました。

ダレールは悪化していく残虐行為に警鐘を鳴らします。しかし彼が出した追加部隊の要請は無視されました。それどころか彼の部隊の人員がカットされてしまいます。虐殺行為がエスカレートするなか、海外駐在者などの国外居住者がルワンダ国外に避難しました。この100日間にわたる恐ろしい日々に、約80万人がルワンダ軍とフツ族の民兵によって殺されたとされています。

「私は司令官でしたが、何十万人もの人が死にました。『最善をつくした』などという慰めになるような言葉すら見つかりません。」とダレールはPBS Frontlineのドキュメンタリー、Ghosts of Rwanda (ルワンダの亡霊)で述べています。

ダレールはルワンダでの恐ろしい経験によりその後PTSDと診断され、アルコール依存症と自殺性鬱病に苦しみました。これらの苦しみや、少年兵や兵役実務、また大量虐殺などに関わる問題について率直に語る彼の姿から、ダレールが献身的な人権運動家であることがわかります。カナダ上院議員を務めた後、彼は知性に基いた軍事リーダーシップの教育と、人権が侵害された場合は介入が必要であると提唱する国連アドバイザーとして活躍しています。

「何ということだ。大量虐殺じゃないか。」

2011年、ダレールはルワンダでの経験を証言としてUSC Shoah Foundation Visual History Archiveに提供しました。絶望的な資源不足、準備不足、そして激しい紛争に介入するには不十分な権限しか与えられないままルワンダに着任し、平和維持活動を努めるには圧倒的に情報不足であった当時の状況を詳しく述べています。ダレールに任された平和維持のミッションは、和平協定のルールに従いフツ族統治政府とツチ族の反乱を含め、両方の部族を観察し報告するもので、難しいものではありませんでした。

しかし、ダレールが自ら費用を負担して得た情報はフツ族過激派の動きを報告するものでした。ツチ族のエリートによる暫定政府は膠着し、暴動、暗殺、そして「小規模な虐殺」のターゲットとなりました。国連はダレールの着任機関を6週間のみ延長し、しかしそれまでに何らかの解決策がとられない場合は、彼の部隊を撤退させると伝えます。

彼は考え続けます。「なぜこの危機が広がるのを止めないのか。なぜこの事態を国連が重要事項としないのか。なぜもっと政治的支援を受けられないのか。」

「これらの答えを得ることはできませんでした。」

国連がユーゴスラビアやコソボのような紛争を優先させる一方で、ルワンダでの殺戮は無差別殺人へと変貌していきました。何万人もの一般市民までもが身分証明書の提示が義務づけらた場所で殺されました。多くの場合、ツチ族はマチェーテと呼ばれる山刀で襲われました。

ジュネーブ条約の内容を確認しながら、ダレールは目の前の過酷な現実をつきつけられました。しかしなすすべがあったでしょうか。「私たちは45年間近くも政府の支援を受けながら、ユダヤ人コミュニティによりホロコーストについて社会的教育を受けてきました。二度と起こさない、という政治的キャンペーンも行っています。このようなことは単純に起こってはいけないことなのです。とても想像できることではありません。」

しかし現実はこれを裏切りました。「何ということだ。大量虐殺じゃないか。」

ダレールは被害の可能性があった人々を3万人以上保護しましたが、絶対的な支援強化が必要でした。民兵の殺人行為を止めるために5,000人規模の部隊を要請し、1週間もの交渉の末に許可を得たにも関わらず、誰もこの部隊に参加したがりませんでした。彼は大きなリスクを伴いながら報道陣の前で国際社会に対する非難を述べました。しかし出版された記事では紛争についての詳細は大幅に削除されてしまったのです。

「ルワンダで起きていることを誰も報道しませんでした。些細なことにされてしまった。」

未来への希望

ダレールの証言は約3時間に及んでいます。語られるテーマは大変厳しく、ダレールは時にぶっきらぼうに、また傷つきやすい様子を見せながら議論しています。会話の方向性に明らかに苛立っている様子も見られました。このようなところもダレールの人間性が表れており、インタビューを非常に説得力のあるものにしています。

この証言の最後に、ダレールは「ふぅーっ」と音を立てるように息をしています。ルワンダで経験したフラストレーションや荒廃した状況、そして自分の無力感を長時間にわたって思い出すことは彼にとって大変な負担に違いありません。しかし、ダレールはこの経験を生涯の仕事としました。彼のメッセージは思慮深く、静かな切迫感を強調します。彼の著書や様々な講演、アドバイスとその姿勢のおかげで、私たちは彼の経験から学ぶことができるようになりました – ルワンダで起こったことは、どこにも誰にも、もう二度と起きることのないように。

未来に対して、皮肉的で冷酷な姿勢に転ずることのほうが、彼にとっては簡単だったかもしれませんが、ダレールは未来について希望を捨てていません。その大きな理由は、世界中に増えている国境に縛られない生き方をする若い世代です。「彼らにとって国境は面倒なものでしかありません。」

国際的なコミュニケーションを可能にしたスカイプや旅行の利便性を向上させたテクノロジーのおかげで、若者は自らをグローバル市民であると認識しています。彼らにとって世界はもっと親密なもので、世界的な出来事はより即時性を伴ったインパクトを持っているのです。

「彼らは人権を良く理解しています。」ダレールは続けます。「いつでもスカイプでつながりたい相手につながれるし、結果つながる向こう側の相手も人間だということに気が付く。人権は全ての人間に存在することに気が付くのです。」

ダレールはこれをひとつの革命だとし、まだ始まったばかりではあるものの将来の重要なファクターとなることを予想しています。より多くの共感があれば、人権侵害を見て見ぬふりをすることはそう簡単ではなくなるはずです。


Visual History Archive
ホロコースト(1939-1945)、アルメニア人虐殺(1915-1923)、南京大虐殺(1937)、ルワンダ虐殺(1994)、ガテマラの内戦(1978-1996)、中央アフリカ内戦(2012-Present)の生存者と目撃者、また現代の反ユダヤ主義に関する証言や経験をUSC Shoah Foundation InstituteのVisual Historyのために約2時間の動画インタビューに収録し、55,000のコレクションにまとめたものです。

ルワンダ内戦をさらに知るためのリソース
Ghosts of Rwanda : ルワンダ内戦による虐殺から10年の節目に作製された2時間のドキュメンタリー。米国および国際社会の介入拒否の結果、フツの過激派により80万人におよぶルワンダ人が組織的に捉えられ、殺された大量虐殺についての番組。Alexander StreetのAcademic Video Onlineに収録。

ルワンダ着任中のダレールの記憶、Shake Hands with the Devil: The Failure of Humanity in Rwanda、また、国連ニューヨーク本部へのルワンダに関する報告書: Alexander Streetのデータベース、Human Rights Studies Onlineに収録。

学位論文:

10月のProQuest中国語オンライン講習会のお知らせ

ProQuestデータベースの中国語オンライン講習会のご案内です。
ProQuest中国支社の利用講習会担当のスタッフが講師を務めるオンライン講習会を実施します。ProQuestの様々な学術データベースの利用方法を中国語でマスターできる良い機会です。中国人留学生に広くお勧めください。(日本での開催時刻は日韩时间をご確認ください。)


2017年10月 ProQuest网络课堂

为了使贵校读者能够更好的利用外文电子资源,进一步提高贵校电子资源的使用率,ProQuest推出了“ProQuest网络课堂“。每场培训均为网络实时进行,无IP限制,无需注册。期间可针对ProQuest产品提出问题并与ProQuest培训师及其他用户进行实时交流。
请注意:为了保障培训质量,每场培训仅提供19个参与名额,培训机会先到先得,以登录时间先后为准。首次登陆可能需要较长时间(建议提前10分钟登陆)来测试及进行初始化配置。读者需要扬声设备如耳机或音箱来接收培训音频。注:请使用IE或360浏览器等进行登陆,部分火狐或Chrome用户会遇到插件无法安装情况。

 

2017年10月网络培训课程安排如下(或关注ProQuest LibGuides):

参加方法:请于每场培训开始前点击登陆链接:http://cc.263.net/quickLogin快速入会页面下输入您的姓名及参会人密码:233215439
您还可以下载 263网络会议 APP,用移动设备参与培训。

序号 日期 北京时间 日韩时间 澳洲时间 讲座主题 主要涉及产品
1 2017/10/9 09:00~09:30 10:00~10:30 11:00~11:30 利用ProQuest平台高效检索全球商业文献 ABI/INFORM Collection
2 2017/10/9 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用DNSA获取美国对其他国家外交、军事政策的第一手资料 Digital National Security Archive 解密后的美国国家安全档案
3 2017/10/10 09:00~09:30 10:00~10:30 11:00~11:30 利用ebook Central高效检索和利用电子书文献 ProQuest Ebook Central电子书平台
4 2017/10/10 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest平台高效检索全球历史与政治文献 ProQuest History Vault历史档案资料专题数据库
5 2017/10/11 09:00~09:30 10:00~10:30 11:00~11:30 利用ProQuest平台高效检索知名高校学位论文 PQDT博硕士论文文摘库
6 2017/10/11 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest平台高效检索各领域学术期刊 ProQuest Research Library
7 2017/10/12 09:00~09:30 10:00~10:30 11:00~11:30 利用ProQuest平台高效检索全球农业、生物学文献 ProQuest农业生物全文库
8 2017/10/12 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用LION获取英语文学作品、文学批评与参考、教研资料等 Literature Online英语文学在线
9 2017/10/13 09:00~09:30 10:00~10:30 11:00~11:30 利用ProQuest平台高效检索全球表演学文献 ProQuest音乐表演类数据库
10 2017/10/13 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest科技期刊包库(原剑桥科学文摘)高效检索全球科技信息 ProQuest科技期刊包库(原剑桥科学文摘)
11 2017/10/16 09:00~09:30 10:00~10:30 11:00~11:30 利用ProQuest平台高效检索全球医学文献 ProQuest医学数据库
12 2017/10/30 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用EEBO检索1473年 – 1700间英文书及文献 Early English Books Online 早期英文图书
13 2017/10/31 09:00-09:30 10:00-10:30 11:00-11:30 高效利用APA美国心理学会权威信息资源 PsycARTICLES & PsycINFO
14 2017/10/31 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest平台高效检索全球全面的教育心理学期刊 ProQuest Psychology Database & ProQuest Education Database

读者对培训课程有任何建议或培训当中遇到任何技术问题,可发邮件至:Chris.Guo@proquest.com jim.wang@proquest.com 进行咨询。

ダンケルクの戦い:ドラマの背後にある事実

超大作映画を作り上げた歴史的事実

クリストファー・ノーラン監督(「ダークナイト」3部作で知られる)の新作「ダンケルク」はこの夏話題の超大作映画で、オスカー候補と言われ、映画評論家にも壮大でスケールの雄大な史上最高の戦争映画だと絶賛されています。「ダンケルク」は第二次世界大戦初期の北フランスで実際に起きた壮大な規模の連合軍の防御戦と撤退を描いた史実に基づく映画で、陸・海・空にいた3人の架空人物の視点から戦いを描いています。

この映画は、数十万の連合軍兵士がフランス北部の浜辺に追い詰められ、身動きが取れなくなった第二次世界大戦中の歴史的な出来事をベースにしています。突破不可能だと考えられていたアルデンヌの森をドイツ軍の戦車部隊が突破してきたことが、この悲劇的な大惨事を引き起こしました。しかし、(今でも)確かな理由は分かっていませんが、ヒトラーが「進軍停止命令」を出したことで連合軍は防御を開始することができたのです。

イギリス、ベルギー、オランダ、フランスの約850隻の艦艇を使った撤退作戦、「ダイナモ作戦」が始まりました。しかし、船はこれだけでは十分でなく、漁船、遊覧船、小型商船など数百隻の民間船(その多くは民間人が操縦していました)がこの作戦に協力しました。ドイツ空軍の爆撃を頻繁に受ける中、1940年5月26日から6月4日にかけてのわずか10日間に駆逐艦、商船、上記の「小型船」などが救出した兵士の数は33万8,226人に上ります。イギリス空軍はドイツ軍の爆撃機に強力に反撃し、友軍の撤退を空から援護しました。

ノーランの映画はこの出来事を劇的で緊迫感に溢れた作品に仕上げていますが、ダンケルクの撤退についてより深く理解するには事実に基づく一次資料を調べるのが最適だといえるでしょう。

「容赦ない空中戦」
「ダイナモ作戦」が行われた11日間、世界はダンケルクでの戦闘状況に注目していました。この戦闘の結果が戦争全体に計り知れない影響を及ぼすことが予想されたためです。また人々は、浜辺で追い詰められ、身動きが取れなくなっている夫、息子、兄弟、恋人の身を案じていました。

そしてこの戦闘は連合軍、特にイギリス軍の士気を大いに高めることにもなります。

世界の新聞各紙はこの出来事を詳細に報じており、特にイギリス空軍のダンケルクでの援護は詳しく報じられました。戦闘中のGlobe and Mailには「空での連合軍の優位性がダンケルクで確立される」という見出しが踊りましたが、記事には「ダンケルクでのフランス軍の撤退は戦史に残る」ものであり、その「ゆゆしき戦況」と「ほぼ絶望的」な状況が言及されています。

しかしながら、その数日後には楽観的な記事が見られるようになります。The Irish Timesは記録的多数のドイツ軍爆撃機と戦闘機がイギリス空軍のパイロットによって撃墜されたと報道しています。

戦闘機に護衛されたドイツ軍爆撃機の大編隊が飛来し、海上にぎっしりと浮かぶ船(撤退作戦に参加していたあらゆる種類の船)を撃沈しようとしたが、戦闘機が応戦してこれを追い払い、爆弾の大半は海に落ちた(後略)。

イギリス戦闘機ハリケーンに搭乗していたあるパイロットはドイツの戦闘機メッサーシュミットと戦って敗れ、やむなく砂浜に着陸した。パラシュートを背負ったままダンケルクまで15マイル歩き、蒸気船に乗ってフォークストーンに戻り、所属部隊に合流すると、翌日にはまた哨戒に飛び立った。

新聞はイギリス海軍のほぼ不可能と思われた作戦の成功と、徴収された民間小型船を操縦した数百人のイギリス民間人の勇気も(いささか地味ながらも)称賛しています。

「(イギリス人は)突然、強烈な警戒態勢に放り込まれた」とChristian Science Monitorは報じています。

彼らはダンケルクでの任務を与えられ、実行した。派遣軍を救出したイギリス艦隊には、低速の連絡船や「Brighton Belle」のような以前のレジャー用回遊汽船、素人が操縦する小型ヨットなどが含まれていた。船を操縦できるすべての者がダンケルクに舳先を向けているようだった(後略)。

 イギリス人の士気は世界的な賞賛を集めつつあり、間もなくそれが実を結び、連合軍を助けることになるだろう。

しかしながらダンケルクの戦いは、結果的には、後に世界的な大戦へと続く数々の戦いのうちのひとつに過ぎなかったのです。

映画が取り上げなかったこと:民間人と戦禍
ホロコーストを生き伸びたユダヤ人Juliane Heymanは1997年にUSC Shoah Foundation’s Visual History Archiveに提供した証言の中で、ドイツから脱出後1940年春にブリュッセルにたどり着いたと語っています。ドイツ軍がブリュッセルに侵攻すると、Heymanとその家族は徒歩や荷車、時にはバスに乗って、途中納屋で眠り、時折ホテルに泊まりながら数日間かけてフランスに逃れました。

1940年6月初旬、Heymanと家族はダンケルクのホテルにたどり着くと、すぐに他の宿泊客とともに地下室に急ぎました。永久に続くかと思えるほど絶え間のない爆撃で周りじゅうの地面が揺れる中、彼らは地下室に2日間こもり続けました。「食糧はほとんどありませんでした」と彼女は語り、地下室に隠れた人々が非常用食料を分け合ったことを話しました。

Heymanによると、後になってから自分が「かの有名なダンケルクの撤退」の現場にいたことを知ったそうです。もしその時に知っていれば、兵士を撤退させる船のどれかに乗ろうとしただろうと言います。

6月4日、連合軍はダンケルクからの撤退を余儀なくされました。The Times of Indiaには、その日の朝は兵士たちがまだ続々とイングランドに到着しつつあり、「いくつかの船からはフランス軍の将校や兵士が降りてきた。彼らはここ数日間休むことなく夜も昼も戦ってきた」と報道されています。撤退作戦を実施したものの、4万人のフランス軍兵士がダンケルクに残り、その多くが捕虜として囚われ、その他の者は殺されました。

The Times of Indiaはフランス軍の将校とも話をし、ダンケルクの状況について「ただただ混乱していた」というコメントも取っています。

6月5日にダンケルクに到着したChicago Tribuneの記者E.R. Nodererは、

ダンケルクは瓦礫の山だ。爆撃で破壊された建物の残骸が道をふさいでいる。炎がパチパチと音を立て、火が広がっても放置されているために町の中心部は煙が渦を巻いている。フランス人兵士の死体が倒れたその場所に転がっている(後略)。

33,000人が暮らしていた、街の中のすべての建物が、一つの例外もなく、破壊された。無傷のまま残っているものは何もない。

爆撃中もダンケルクにとどまった民間人たちが地下室から出てくると、自宅と、街そのものが廃虚と化していました。避難先から戻ってきた人々は、がれきと化している自宅を見て打ちひしがれていたとNodererは記しています。彼はまた、爆撃中ずっとダンケルクにとどまった住民に話を聞いたところ、ある生存者は「家が破壊されて死んだ何百人もの民間人がいた」と語ったそうです。Nodererはが遭遇した警察官は「涙を流しながら自宅が爆撃されて妻と5人の子供が死んだと話してくれた」ひとりの警察官と遭遇しています。

ダンケルクの撤退をさたらに深く理解するためのマルチメディアリソース
Gardner, W. (2014). The evacuation from Dunkirk: ‘operation dynamo’, 26 May-June 1940

Grinberg, S. (Director), & Grinberg, S. (Producer). (n.d.). Dunkirk [Video file]. A&E Television Networks. Retrieved July 29, 2017, from American History in Video.

Lord, W. (2012). The miracle of Dunkirk: the true story of operation dynamo.

Martin, J. (Director), & Martin, J. (Producer). (2003). Escape from Dunkirk [Video file]. British Broadcasting Corporation. Retrieved July 29, 2017, from Academic Video Online.

Norman, L., Divine, D., & Lipscomb, W. P. (1958). Dunkirk (1958): Continuity script. London, England: Studio Canal. Retrieved July 29, 2017, from Film Scripts Online, Volume II.

Stewart, G. (2009). Dunkirk and the fall of France.

ダンケルクの撤退および第二次世界大戦に関するこの他の情報や資料は、ProQuest Historical NewspapersEbook CentralProQuest Congressionalでご利用いただけます。

History Vault
ダンケルクの撤退に関する貴重な一次資料は、History Vaultのモジュール“U.S. Military Intelligence Reports, 1911-1944”および“New Deal and World War II: President Franklin D. Roosevelt’s Office Files and Records of Federal Agencies”に収録されています。

より詳細なリサーチには、“The World War II: U.S. Documents on Planning, Operations, Intelligence, Axis War Crimes, and Refugees”モジュールの第二次世界大戦戦闘インタビューシリーズが最適です。ノルマンディー上陸作戦に参加した兵士本人の証言を確認することが可能です。

出典:
“ALLIED FORCES LEAVE DUNKIRK.” The Times of India (1861-current), Jun 05, 1940, pp. 1, ProQuest Historical Newspapers: The Times of India.

NODERER, E. R. “FINDS DUNKIRK IS PILE OF SHELL WRECKED RUINS.” Chicago Daily Tribune (1923-1963), Jun 06, 1940, pp. 1, ProQuest Historical Newspapers: Chicago Tribune. 

“MERCILESS WAR IN THE AIR.” The Irish Times (1921-Current File), Jun 03, 1940, pp. 6, ProQuest Historical Newspapers: The Irish Times and The Weekly Irish Times.

“Out of Dunkirk.” The Christian Science Monitor (1908-Current file), Jun 05, 1940, pp. 22, ProQuest Historical Newspapers: The Christian Science Monitor.

Heyman, Juliane. “Segment#: 94.” Interview. Visual History Archive, USC Shoah Foundation, 1997, http://vha.usc.edu/viewingPage?testimonyID=36508&returnIndex=0#. Accessed 2 August 2017.

画像:Imperial War Museumsコレクションからの写真NYP 68075

 

ヴィクトリア女王の結婚生活から知る、当時の女性の葛藤

ヴィクトリア朝時代の女性の結婚、出産、性と葛藤を探る

長きにわたりイギリスを統治したヴィクトリア女王は、禁欲的で落ち着いた女性君主としてよく知られています。しかし、昨年に英国で放送され、先日に日本でも放送が終了した「Victoria」(女王ヴィクトリア‐愛に生きる‐)は、夫となったアルバート公との情熱的なラブストーリーが視聴者を魅了しました。二人の関係は結婚してから17年の間に次々と子供を授ったことからも伺え知れます。

当時、女性にとって出産は耐えがたい痛みを伴い、命を落とす危険性のある恐ろしい体験でした。にも関わらず、ヴィクトリア女王アルバートへの情熱は驚くほど現代的だったようです。

このドラマシリーズを書いたDaisy Goodwinは次のように語っています。「私はイングランドで育ちましたが、ヴィクトリア女王はそれほど好きではありませんでした。厳格、陰気、非難がましさの象徴だったからです。」

しかし、大学生のころヴィクトリア女王の日記を読む課題に取り組んでいるときに、ヴィクトリアとアルバートが婚約したばかりのころ、馬に乗っている途中で雨に降られたときのことが書かかれていることに気がつきます。「[ヴィクトリアは]こう書いていました。『私のいとしいアルバート、カシミアのズボンの下に何も身に着ていないなんて!』私はそれを読んで大変驚いてしまいました。彼女は私たちが想像しているような気むずかしくて厳めしい顔をしたお婆さんではなく、ダンスやパーティーも好きで、異性も気になる、元気ではつらつとした10代の女の子で、私と同じだったのだ、と感じたのです。」とGoodwinは語っています。

「ご想像のとおり、彼女は私たちと大して違わなかったのです。」とGoodwinはつけ加えました。「ただひとつだけ私たちと異なっていたことは、気の毒なことに、愛する男性との親密な時間は大切だったにもかかわらず、避妊の手段がなかったことでした。また、彼女は子供が苦手だったためにその後の人生が惨めなものになったのです。」

(女王が)母となる苦しみ

「これほど素晴らしい夜はかつて一度も、一度もありませんでした!!私のいとしい、いとしい、いとしいアルバートは私の横のフットスツールに座り、彼の愛があまりにも大きくて、私は天国にいるかのような愛と幸福感に包まれました。今まで望んだことのないような気持ちでした。彼は私をきつく抱きしめ、何度も何度も互いにキスしました! 彼は美しくて、愛らしくて、優しくて、このような夫を持てたことを本当にとても感謝しています! 私たちは寝台に行き(もちろんひとつの寝台です)、彼のそばに横たわり、腕に抱かれ、お腹の上に乗り、彼は私を優しさをこめた名前で呼びました。そのような呼ばれ方をしたのは生まれて初めてのことで、信じられないほどの幸せを感じました! ああ! 私の人生で一番幸福な日でした! 神よ、私になすべき務めを果たさせたまえ、このような祝福にふさわしい者であらせたまえ!」

ヴィクトリアは1840年2月10日の日記に結婚初夜の喜びをこのように書き記しています。当然のごとく、このような情熱的な結婚の喜びの結果として、ちょうど9カ月後にふたりの最初の子供であるVictoria(Vicky)が誕生しました。女王は1840年12月のお産の床で次のように書き記しています。

[アルバートと私は]お産が近づいていることを喜び合い、私は少しも不安ではありませんでした。何時間か苦しみましたが、午後2時に完璧な幼な子が生まれました。でも、あいにく女児で、私たちが望んだ男児ではありませんでした。私たちは、残念ながらがっかりしましたが、厳しい試練を何事もなく乗り切り、このように強く健康な子供を授かったことを神に感謝しました。いとしいアルバートは私にほとんどつきっきりで、それはとても心強く、気持ちが休まりました。

女王は1日2回、赤ん坊と過ごすことを楽しみにした一方で、公務に戻ることを熱望しました。しかし、Vickyの誕生から1年も経たずに、将来エドワード7世となるAlbert Edward、通称Bertieが誕生します。その後もAlice(1843年生まれ)、Alfred(1844年生まれ)、Helena(1846年生まれ)、Louise(1848年生まれ)、Arthur(1850年生まれ)、Leopold(1853年生まれ)、Beatrice(1857年生まれ)が次々と誕生しました。

ヴィクトリア女王は1840年代と1850年代に80カ月近く、つまり合計6年以上も妊娠していたことになり、産後の回復期間を含めるとさらに長い期間になります。女王はついに手紙の中で、自分は妊娠が嫌いで、授乳にうんざりしており、赤ん坊が生まれても特に嬉しくないと書いています。「私は赤ん坊が好きではありません。醜い赤ん坊はひどくうっとうしいものですし、とてもかわいらしい赤ん坊でも服を脱がせると大きな胴体と小さな手足をかえるのように動かして、ひどいものです。」これは2001年のBBCのドキュメンタリードラマ「Looking for Victoria」(Alexander Streetに収録)で女王を演じたPrunella Scalesのセリフです。

もちろん、19世紀においては、出産は苦痛に満ち、命を落とす危険性のある恐ろしい体験でした。特に、1847年に産科医Sir James Young Simpsonがクロロホルムを使い始めるまでは大変恐ろしい体験でした。ヴィクトリア女王は分娩中にエーテルを使った先駆者でしたが、それは彼女が8人目の子供を出産した時のことで、それまでは女王でさえも痛みをやわらげる手段はありませんでした。

ヴィクトリアは1853年4月22日の日記にこう書いています。「これほどよく回復したことはありません。そして、いとしいアルバートのたゆみない愛と優しさと看病のおかげで、いつものことながら、私は試練の時におおいに助けられました。私は7日の朝早くに産気づき、とても幸せなことに男児が生まれました。Dr. Snowが「かの神聖なるクロロホルム」を処方したおかげで、計り知れないほど痛みが和らぎ、気持ちが落ち着いて、すばらしい気分でした」

この経験は女王の印象に残りました。1854年には分娩にクロロホルムの使用を初めて導入したDr. Simpsonに引見し、日記に「非常に感じがよく、優秀で知的な頭脳」を持つ人物であると書き記しています。

ヴィクトリア時代の倫理観と法制度

国を統治しつつ、情熱的な結婚と母親業と絶え間ない妊娠を続けることは大変なことでしたが、それでも女王の座にあることはその時代の他の女性に比べれば有利でした。

出産に伴う死へのリスクがヴィクトリア時代の女性の性に対する積極性を抑制するには不十分だったとしても、当時の結婚に関する法律は十分な抑止力となったようです。ヴィクトリア時代の既婚女性は法律上、夫の所有物とされ、妻の身体から生み出されるものは全て、すなわち子供、家事、さらに性に対する向き会い方も女性の意思が尊重されることなく、男性本位のものとされていました。すなわち、結婚の同意とは夫の望むままの性交に同意することを意味していたのです。

労働者階級の多くの既婚女性は、このような結婚契約がもたらす妊娠を肉体的にも金銭的にも受け入れる余裕がありませんでした。避妊や妊娠を終わらせる方法を求める女性の多くは、このような環境にある30代、40代の母親でした。しかし、19世紀の避妊や堕胎は効果がないだけでなく、出産と同等のリスクと命の落とす危険性が伴うのが現実でした。

労働者階級の女性が簡単に行える主な避妊方法は、禁欲、リズム法、膣外射精で、いずれも男性の協力次第だった、とPatricia Knightは「Women and Abortion in Victorian and Edwardian England(ヴィクトリア時代とエドワード時代のイングランドにおける女性と堕胎)」の中で書いています。

女性側の避妊方法はさらに費用がかかり複雑だったため、堕胎以外に労働者階級の女性が出産をコントロールするすべはなかった。バースコントロールに関する正確な情報はなかなか入手できず、医師がこれを教えることはまれで、薬局のカタログに掲載されているだけか、または難解で怖気づくほど長いタイトルの本の中の数ページにひっそりと書かれているだけだった(後略)。

Knightの論文(ProQuest Centralに収録)は階級、社会改革など19世紀におけるバースコントロールと堕胎の需要の高まりに影響を及ぼした多くの要素のほか、当時行われていた突飛で、難しく、危険で、時には野蛮な方法を調査しています。

ヴィクトリア時代の女性にとっては、婚前交渉も好ましくない結果を引き起こします。1864年に初めて立法化された伝染病法に基づき、「不潔」であると見なされた女性は強制的に検査されることになります。この手続きはしばしば男性警官が見ている前で恥辱的な方法で行われました。検査を拒否すれば投獄され、診断されたとしても、それは「完治」とされるまで病院に強制的に入院させられることを意味していました。

女性は「堕落した女」という社会的重荷を背負うだけでなく、シングルマザーの金銭的負担も負うことになるため、婚外関係には消極的でした。新救貧法が、父親の認知がない場合、また父親の支援が受けられない場合は女性が「非嫡出子の金銭的責任を負う」と定めていたためです。

「Victoria」の前に制作された「Looking for Victoria」

ヴィクトリア女王の人生と、女王の研究に関してさらに調査するならば、Alexander StreetのAcademic Video Onlineに収録される、BBCの二部構成ドラマ「Looking for Victoria」が最適でしょう。女優Prunella Scalesが一人芝居「An Evening with Queen Victoria」の準備作業として歴史的な場所を訪れ、専門家にインタビューし、ヴィクトリア女王の日記を読みながら女王としてのVictoriaを演じています。

この日記を読んだScalesは次のように言っています。

私はウェストミンスターの公共図書館でヴィクトリア女王の3冊の日記を見つけました。そしてそれを読んで夢中になりました。とても面白くて、知的で、情報に満ち、並外れておかしかったからです。ヴィクトリア女王は非常に厳格でユーモアのかけらもない女性君主だと思われています。もちろん、夫の死で何年もほとんど正気を失っていたことは事実ですが、基本的にはとても快活で、知的で、愉快な驚くべき女性だったのです。

リソースのご紹介

Queen Victoria’s Journals
Bodleian LibrariesおよびRoyal Archivesの協力を得て専門家が選び抜いたコレクションで、ヴィクトリア女王の個人的な日記141冊をすべてオンライン上で閲覧、検索、調査することができます。日記には王室や家族に関する事柄のほか、国家に関する事柄も書かれており、政治家やその他著名人との引見の様子や、その日の報告書に関するコメントも書かれています。ヴィクトリア女王の日記は、19世紀イギリスの政治社会史や、ジェンダー、自叙伝の研究者にとって貴重な一次資料としてご利用いただけます。日記の全ページを高解像度のフルカラー・デジタル画像で閲覧することができ、詳細なトランスクリプションによって読みやすくした手書きの文章は正確な検索も可能です。

House of Commons Parliamentary Papers
英国下院の300年間の政府公式文書を収録した唯一のコレクションです。18、19、20、21世紀の公式文書および本会議録にシームレスにアクセスできるほか、単独のインターフェースで様々なテーマを横断検索し、当時の様々な問題をどのように調査し法律化したかをプロセスとともに知ることができます。

参考文献
Knight, P. (1977). Women and abortion in victorian and edwardian england(ヴィクトリアおよびエドワード時代の英国における女性と堕胎) History Workshop, 4, 57-68.

ACRLウェブセミナー「How Does the Past Inform Today?」では社会運動に関するリサーチに役立つプライマリーリソースについてもご紹介しています(英語)。あわせてご覧ください。

また、女性学に関するリソースについてのご紹介はこちらからご確認ください。


Queen Victoria’s Journalsほか、こちらでご紹介したリソースの1ヶ月間の無料トライアルを承っております。こちらからお申込み下さい。
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「アメリカの神話」を捉えた演劇界の天才

マルチメディアリソースで調べるルネサンス的万能の天才、サム・シェパードの人生と作品

サム・シェパードの「Buried Child(埋められたこども)」が1979年にピューリッツァー賞を受賞したとき、彼は戯曲を書き始めてから10年近く経っていましたが、この受賞によって奇抜なせりふといつまでも記憶に残る雰囲気、そしてアメリカ人の心情と理性の葛藤の深遠な声の表現者として確固たる地位を確立しました。それ以前の彼の作品は不条理で実験的なもの(The New York Timesの表現によると「炎のような幻覚感と麻薬の陶酔感のような感傷的ロジックを伴う(と感じる)」)が多かったのですが、「Buried Child」のリアリズムは、舞台となる米国中西部に親しみを持ち、家族の機能不全、秘密、男らしさの概念といったテーマに共感を抱く、より幅広い保守的な観客の心をつかみました。

この戯曲は1970年代を舞台にしていますが、時がたっても色あせることがありません。1996年にブロードウェーで上演された「Buried Child」はトニー賞のベストプレイ部門を含む5部門にノミネートされました。最近では、2016年にオフブロードウェーで2カ月にわたって上演され、ルシールローテル賞のベストアクター部門でシェパードの長年の盟友エド・ハリスがノミネートされるなど、2部門でノミネートされました。(2016年3月20日の上演はAlexander StreetのBroadway HDに収録されており、ビデオストリーミングで見ることができます。詳細は下記をご覧下さい。)

シェパードは50本近い戯曲を書いた多作家で、他のアメリカ劇作家の鬼才と肩を並べています。 ProQuest Literature Online (LION)に収録されている彼のバイオグラフィーには次のようにあります。

家族神話の自己破壊的性質に焦点を絞ったという点では、シェパードはユージーン・オニール、テネシー・ウイリアムズ、アーサー・ミラーなどアメリカ戯曲界の巨匠たちと同じグループに分類される。しかし同時に、シェパードは実験的な作家でもあり、猛々しい暴力、ぶっきらぼうな対話、超現実的な対立への傾倒は、ハロルド・ピンターやディビット・マメットとの近さを示している。

1978年に行われた数少ないインタビューの中で、シェパードはThe Washington PostのDon Shirleyと対話し、彼の想像力を駆り立てる源に言及しています。「神話はあらゆるものに一度に訴えかける。特に感情に」と彼は言っています。「私のいう神話とは、謎めいた感覚であって、必ずしも伝統的な決まり事のことではない。私にとって登場人物とは、いくつもの謎を併せ持つものだ」

Shirlyは加えて、「サム・シェパードはアメリカの神話に関する演劇界のナビゲーターだが、彼自身がアメリカ演劇界の神話になりつつある。彼は名声と影響力が高まるにつれ、内省的で内向きな傾向を強めている。ミステリーを秘めた人物であり、おそらく彼はこれを非常に楽しんでいる」と評しています。

シェパードのミステリー性は、ルネサンス時代の教養人があり余るほどの関心と才能と情熱を持ち、余人の理解が及ばなかったのと同様なものでした。シェパードは著名な劇作家としての仕事のほかに、ディレクター、オスカー賞にノミネートされた(The Right Stuff)俳優、そして時にはサイケデリックなロックミュージシャン(ホーリー・モーダル・ラウンダーズのドラマー)、さらに小説、短編、随筆、回想録の著者としても才能を発揮しています。

1963年にイリノイ州からニューヨークに来たシェパードは有名なベーシストであるチャールズ・ミンガスの息子と同居し(戯曲Cowboys #2は彼との関係をベースにしている)、ボブ・ディラン、ジョン・ケイル、後にパンク界のルネサンス的教養人となるパティ・スミスらと交流し、共同制作していました。彼は爆発的なブームのただ中にあったジャズや抽象表現主義、自分達のルールに従って生きるカウンターカルチャーのアウトローたちに囲まれて過ごしたため、その影響が彼の初期の作品の多く出ています。このようにシェパードは、アメリカの地方と都会の両方の奇抜性や矛盾を理解する鋭い感覚を養いました。

少なくともこれまで、シェパードの戯曲が色あせず、今後も新鮮なままであるだろう理由のひとつは、このようなシェパードに関する考察にあります。欠点や欠陥だらけの彼の作品の登場人物に人は共感を覚えます。自分ではそうしようと思わなくとも、登場人物の中に自分自身の中にある何かを見てしまいます。Daily Beastは最近、次のような追悼文を掲載しました。「彼の作品の登場人物である失われた者たちは、全く折り合いの付かない二つの要素、帰属意識という安心感と存在感に伴う満足感とを調和しようとしている。そしてそれは達成不可能なのだ。」

マルチメディアのリソースでサム・シェパードの作品と伝説を知る

Twentieth Century North American Drama
サム・シェパードの戯曲39作品の完全版を収録したコレクションです。ご契約済みのお客様はフルインデックスをご確認いただけます。

Buried Child(ビデオ)
ピューリッツァー賞を受賞したサム・シェパードの戯曲「Buried Child」がニューヨークでの最終公演から20年の時を経て戻ってきました。The New Groupによるリバイバル公演はLisa Matlinがプロデュース、Scott Elliottが演出しています。Dodge(Ed Harris)とHalie(Amy Madigan)はどうにか正気を保って農場を維持しながら、すでに成人した二人のわがまま息子(Rich SommerとPaul Sparks)の面倒を見ています。孫のVince(Nat Wolff)がガールフレンド(Taissa Farmiga)を連れてやって来ますが、だれも孫だとわからず、困惑が広がります。Vinceはこの混乱を理解しようとしますが、彼以外の家族は深く暗い秘密をめぐって揺れ動きます。このアメリカの家族ドラマの極めて詩的で辛辣なおかしさは、私たちが家族や家庭に対して抱く理想像の陳腐な思い違いを愉快に取り除いてくれます。
BroadwayHD CollectionおよびDDAに収録。スクリプトもご確認いただけます。)

True West(オーディオプレイ)
ピューリッツァー賞を受賞したサム・シェパードの古典的喜劇で、疎遠な兄弟AustinとLeeの物語です。シェパードは二人が相手と自分自身、そして家族に折り合いをつけるように仕向けることで、二人の兄弟の現実を対照的に描きます。
Audio Drama: The L.A. Theatre Works Collectionに収録。スクリプトもご確認いただけます。)

その他の脚本:
The Rock Garden(初期に出版された戯曲のひとつ)
Chicago(オビー賞)
Icarus’ Mother(オビー賞)
Red Cross(オビー賞)

出典:
Nightingale, B. (2017, Jul 31). This is how sam shepard revolutionized theater. The Daily Beast.
By, D. S. (1979, Jan 14). Searching for sam shepard. The Washington Post (1974-Current).
Brantley, B. (2016, Feb 17). Review: In shepard’s ‘buried child,’ a father and family dissolve into darkness. New York Times (online).


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9月のProQuest中国語オンライン講習会のお知らせ

ProQuestデータベースの中国語オンライン講習会のご案内です。
ProQuest中国支社の利用講習会担当のスタッフが講師を務めるオンライン講習会を実施します。ProQuestの様々な学術データベースの利用方法を中国語でマスターできる良い機会です。中国人留学生に広くお勧めください。(日本での開催時刻は日韩时间をご確認ください。)


2017年9月 ProQuest网络课堂

为了使贵校读者能够更好的利用外文电子资源,进一步提高贵校电子资源的使用率,ProQuest推出了“ProQuest网络课堂“。每场培训均为网络实时进行,无IP限制,无需注册。期间可针对ProQuest产品提出问题并与ProQuest培训师及其他用户进行实时交流。
请注意:为了保障培训质量,每场培训仅提供19个参与名额,培训机会先到先得,以登录时间先后为准。首次登陆可能需要较长时间(建议提前10分钟登陆)来测试及进行初始化配置。读者需要扬声设备如耳机或音箱来接收培训音频。注:请使用IE或360浏览器等进行登陆,部分火狐或Chrome用户会遇到插件无法安装情况。

 

2017年9月网络培训课程安排如下(或关注ProQuest LibGuides):

参加方法:请于每场培训开始前点击登陆链接:http://cc.263.net/quickLogin快速入会页面下输入您的姓名及参会人密码:233215439

您还可以下载 263网络会议 APP,用移动设备参与培训。

序号 日期 北京时间 日韩时间 澳洲时间 讲座主题 主要涉及产品
1 2017/9/11 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用DNSA获取美国对其他国家外交、军事政策的第一手资料 Digital National Security Archive 解密后的美国国家安全档案
2 2017/9/12 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ProQuest平台高效检索全球商业文献 ABI/INFORM Collection
3 2017/9/12 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用EEBO检索1473年 – 1700间英文书及文献 Early English Books Online 早期英文图书
4 2017/9/13 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ebook Central高效检索和利用电子书文献 ProQuest Ebook Central电子书平台
5 2017/9/13 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest平台高效检索各领域学术期刊 ProQuest Research Library
6 2017/9/14 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ProQuest平台高效检索知名高校学位论文 PQDT博硕士论文文摘库
7 2017/9/14 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用剑桥科学文摘高效检索全球科技信息 剑桥科学文摘(原CSA)
8 2017/9/15 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ProQuest平台高效检索全球农业、生物学文献 ProQuest农业生物全文库
9 2017/9/15 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest平台高效检索全球历史与政治文献 ProQuest History Vault历史档案资料专题数据库
10 2017/9/18 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用LION获取英语文学作品、文学批评与参考、教研资料等 Literature Online英语文学在线
11 2017/9/19 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ProQuest平台高效检索全球表演学文献 ProQuest音乐表演类数据库
12 2017/9/19 10:10-10:50 11:10-11:50 12:10-12:50 拓展视野,利用Alexander Street,获取全球人文、社科、表演、音乐等领域多媒体资料 Alexander Street系列数据库
13 2017/9/20 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ProQuest平台高效检索全球医学文献 ProQuest医学数据库
14 2017/9/21 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ProQuest平台高效检索全球商业文献 ABI/INFORM Collection
15 2017/9/22 09:30-10:00 10:30-11:00 11:30-12:00 利用ebook Central高效检索和利用电子书文献 ProQuest Ebook Central电子书平台
16 2017/9/25 09:30-10:00 16:00-16:30 17:00-17:30 高效利用APA美国心理学会权威信息资源 PsycARTICLES & PsycINFO
17 2017/9/25 15:00-15:30 16:00-16:30 17:00-17:30 利用ProQuest平台高效检索全球全面的教育心理学期刊 ProQuest Psychology Database & ProQuest Education Database

读者对培训课程有任何建议或培训当中遇到任何技术问题,可发邮件至:Chris.Guo@proquest.com jim.wang@proquest.com 进行咨询。

学位論文の書き方 – パート2

パート1はこちらをご覧ください。

さあ始めましょう
研究者の世界まで続く旅路に乗り出すのですから、粘り強く、かつ構成を意識して進めていきましょう。。この気持ちを保ち続けるためには、粘り強さとモチベーションが続くような適切なテーマを選ぶ必要があります。あなたが本当に一生懸命になれることをテーマに選ぶべき理由はそこにあります。退屈なテーマよりも興味のあることの方がはるかに楽に書けるでしょう?

次に、選んだテーマを進めるために、その「実行可能性」を教授に分析してもらいましょう。論文執筆にたけた人々の意見では、学位論文に適したテーマとは十分に範囲を絞り込んだ、具体的な問題に関するものだそうです。あまりにも範囲の広いテーマを選べば、200ページではすべてを書ききれないだろうとProesseywritingのChris Johnsonはコメントしています。

最後は構成です。良いアウトラインは不可欠であり、プロジェクト実施の様々な段階で手引きとなります。一般的なアウトラインは、研究の背景の説明、文献研究、手法、結果、考察の各章で構成されます。他の研究者のやり方を参考にすると、よい論文の例を知ることができるかもしれません。あるいは、インターネット上の信頼のおける情報源で論文のアウトラインの書き方を学ぶこともよいでしょう。

論文の書き方
ベストな論文を書くための秘訣をいくつか挙げてみます。単純なルールに従うだけで、論文の執筆を楽しめるようになります。

テーマが大事
調査されたことのない、新しいことに関する知識を人々に与えるのですから、テーマの重要性を理解する必要があります。次のような文章を使うと、あなたの論文の重要性を説明することができます。

私は、読者の(     )に関する理解を広げるために、どのように/どの/なぜ(     )であるかを発見する目的で(     )を研究している。

具体的な問題または疑問に取り組む
学位論文を記述的調査だと考えるために書けない学生がいますが、このような観点で作業に取り組むことは誤りです。なぜなら、調査質問を検討しても考察を進めることはできないためです。考察は興味深くあるべきで、何かに関する既存の知識に挑戦するものでもよいのです。ですから、次の文章を論文に入れることを忘れてはなりません。

本学位論文は、(     )という問題(疑問)に関するものである。本研究は、(     )という現在の知識の溝を埋めるものである。

対話を作り、他の研究者に関連づける
あなたの観点を立証するためには、現在の知識を調べ、これまで行われてきたことと、より良い結果を得るために異なる方法で行われるべきであったことを特定する必要があります。そのために、他の研究者の論文を用います。

Xが行った類似の研究によって(    )が発見されたため、同研究は現在の研究に極めて有用である。XとXはいずれも(     )の研究に熟達しており、彼らの研究によって喫緊の課題であり本学位論文のテーマでもある(    )の存在が確認された。

一般的な課題を克服する

  1. 考察のための証拠の不足
    忘れてはならないのは、論文の読者に対して言えることは必ず見つかり、研究対象の問題について、より広い範囲での議論を必ず見つけることができるということです。あなたの研究テーマがより広い範囲の知識にどのように当てはまるか、最善を尽くして判断してください。そして、「なぜ、このためには用いられないのか?」、あるいは「この出来事はなぜ別の観点から解釈されなかったのか?」といった疑問を使ってテーマを問題化します。
  2. 適切なスタイル
    学位論文のスタイルは小論文とは若干異なることは事実です。しかし、標準的なアカデミックライティングのルールに従うことは同じであり、大学ごとの独自のルールがあるはずです。指導者に尋ね、ライティングスタイルに関する資料を入手しましょう。

最後に肝心なこと
学位論文の作成は、時間のかかる気の遠くなるような作業であり、真剣に取り組む必要があります。時間を上手に使い、ベストな学位論文が書けるように作業しましょう!

アドバイザー:Tom Jager
(Tom Jagerは法学と英文学の学位を持つプロブロガーで、多数の記事やオンラインジャーナルを執筆しています。G+ またはFacebookで彼の活動を紹介しています。)

学位論文の書き方 ‐パート 1

Tom Jagerによるアドバイス
(Tom Jagerは法学と英文学の学位を持つプロブロガーで、多数の記事やオンラインジャーナルを執筆しています。G+ またはFacebookで彼の活動を紹介しています。)

学位論文は学術界の一員となるための免許証です。確かに、この免許証の作成は骨の折れるプロジェクトであり、多くの学生が不安に思っています。その理由は、ほとんどの学生がこれほど長く、しかも最終的には口頭試問に合格しなければならない論文を書いたことがないためです。事実、学位論文の作成は重荷ではありますが、これらの心配事は、実際にはそれほど心配するようなことではありません。幸運なことに、多くの学生がすでにこれを経験しているため、彼らの経験から学び、役に立つ秘訣を得ることができます。

なぜ挫けてしまうのか
まず初めに、重要なことをお教えしましょう。。それは、ほとんどの人にとって、学位論文をうまく仕上げられない最大の要因は心の準備態勢にある、ということです。順番に説明しましょう。学位論文はおそらく、これまでに挑戦した最大のプロジェクトであるに違いないと思います。したがって、少々怖気づくのはごく自然なことです。例えば、200ページの論文をこれまでに書いたことがありますか?夜遅くまでかかって論文を書き終えようとしても、なかなか終わらなかった経験がありますか?これを別の側面から見てみましょう。学位論文を書くという課題を与えられる前に、あなたは自分の研究のさまざまな領域に関する研究論文、小論文、レポート、発表、その他の作業をいくつも書いています。学位論文とは基本的にこれまでに書いた多くの論文を編集する最終段階です。したがって、学位論文を仕上げることは粘り強さの問題であり、前に書いたことをより洗練された形に磨き上げるだけでよいのです。

学位論文を書けない理由
理由A – プロジェクト全体があまりにも難しすぎるように思えて、圧倒される。
解決策:難しいのは当然です!しかし、それは諦める理由にはなりません。プロジェクトを完成させる最良の方法は、面倒でもできるだけ容易に取り組めるような小さなパーツに分解することです。

理由B – プロジェクトの締め切りが曖昧だ。
解決策:実行計画を立て、パーツを書き上げる具体的な期間を決めることです。例えば、文献研究を3日間で終わらせる計画を立て、その計画通りに実行するのです。

理由C – 無理です、研究者じゃないんだから!
解決策:いいえ、、あなたも十分に研究者です。あなたがこれまでにこなした多くの課題を考えてみましょう。それらは意味のある課題に違いないはずです。もう一度、簡単に取り組める規模のパーツにプロジェクトを分解し、ゆっくりと、着実に作業を進めましょう。

さあ始めましょう
研究者の世界まで続く旅路に乗り出すのですから、粘り強く、かつ構成を意識して進めていきましょう。この気持ちを保ち続けるためには、粘り強さとモチベーションが続くような適切なテーマを選ぶ必要があります。あなたが本当に一生懸命になれることをテーマに選ぶべき理由はそこにあります。退屈なテーマよりも興味のあることの方がはるかに楽に書けるでしょう?

次に、選んだテーマを進めるために、その「実行可能性」を教授に分析してもらいましょう。論文執筆にたけた人々の意見では、学位論文に適したテーマとは十分に範囲を絞り込んだ、具体的な問題に関するものだそうです。あまりにも範囲の広いテーマを選べば、200ページではすべてを書ききれないだろうとProesseywritingのChris Johnsonはコメントしています。

最後は構成です。良いアウトラインは不可欠であり、プロジェクト実施の様々な段階で手引きとなります。一般的なアウトラインは、研究の背景の説明、文献研究、手法、結果、考察の各章で構成されます。他の研究者のやり方を参考にすると、よい論文の例を知ることができるかもしれません。あるいは、インターネット上の信頼のおける情報源で論文のアウトラインの書き方を学ぶこともよいでしょう。

*パート2に続く。

イラク戦争の真実をさぐる

National Security Archiveの機密解除文書から浮かびあがる、近年で最も重要とされる戦争政策と宣伝の関係性

1990年代末から2000年代初頭にかけて、米国はイラク侵攻を巧みに宣伝し、可能な限り最も説得力のあるやり方で戦争開始を正当化しました。

しかし、ふたを開けてみれば、宣伝したものとは全く異なる戦争が待っていました。戦死者と負傷者は膨大な数にのぼり、軍事費は莫大に膨れ上がり、情勢の不安定化と過激派の台頭を招きました(これは戦争反対派が予想した通りです)。米国のイラク侵攻以来、紛争は14年間続いています。

この度、George Washington UniversityのNational Security Archiveとそのイラクプロジェクト担当ディレクターJoyce Battleの尽力により、イラク戦争を政治的な問題に進展させた情報活動を検証できるようになりました。Joyce Battleは情報公開法に基づく要請を通じ、国務省、国防総省、国防情報局、中央軍、中央情報局、加えてイラクに対する政策決定に関わったその他の省庁から数千ページに及ぶ関連文書の入手に成功、ProQuestが提供するDigital National Security Archive(DNSA)データベースのコレクション、Targeting Iraq, Part I: Planning, Invasion, and Occupation, 1997-2004として公開するに至りました。このコレクションは、米国、イラク、中東および国際社会の現代史にとって極めて重大な出来事に関する政策と宣伝の癒着関係について、2,100ページ以上の文書から読み取りことができるコレクションです。

バイアスのない視点で歴史を俯瞰する
このコレクションはイラク戦争の準備段階と今も続く苦闘を包み隠さず明らかにするもので、イラクを巡るクリントン政権以来の米国の政策論争が記録されています。ブッシュ政権の内部記録には、「イラクの自由」作戦に至る意思決定の様子が、軍事行動を正当化するために誤った情報を使用した問題なども含めて詳細に記録されています。そのほか、軍事作戦に対する支持を国内外から得るための宣伝活動についての資料や、米国が主導した占領期間の最初18カ月間を記録した資料も収録されています。

さらに、2001年末にジョージ・W・ブッシュ大統領の命令により国防総省が数カ月かけて練り上げたイラク戦争計画のスライドやその他ブリーフィング資料を閲覧することも可能です。メモや背景報告書では、米国の目的を達成するための戦略が検討されています。

イラク侵攻後に作成された文書には、長引く米軍の駐留に対する反感が徐々に暴力化したことや、宗派間の紛争、略奪行為のまん延、イラクの物理的インフラと市民社会の崩壊、大勢の一般市民が住処を追われるなど、米国が想定しなかった多くの逆境や敗北のために頻繁に戦略を変更したことが記録されています。

2003年中盤から2004年中盤にかけての文書には、占領の終結とイラクの主権回復を求めるイラク人と国連から圧力を受けながら、イラクにおける米国の長期目標を確実に強化することを試みた背景を読み取ることが可能です。

さらに、イラク前政府関係者を権力の座から排除することを目的とした「バース党排除」政策の実施を通じて、米国がイラクの軍隊および治安部隊を消滅し、ほとんどの行政機関を解体する決断を下した詳細な資料のほかに、イラク新憲法の策定や、イラクをグローバル市場に開放する新石油法の施行について、米国とイラクの長期的な軍事協力を定めた戦略的枠組み合意と地位協定と共に記録されています。

また、アブグレイブ刑務所で行われていた捕虜への組織的な拷問が発覚するに至った、米軍による人権侵害に関する報告や、イラクの博物館・図書館に対する攻撃および古代遺跡や考古学的遺産の継続的な破壊に対し、イラク駐留軍の行動または非行動が大きな責めを負うことを論じた資料も含まれています。

収録される膨大な資料からは、イラク経済の民営化、国営企業の廃止、イラクの復興投資に対する国際企業の契約促進のための米国の方策についてもリサーチが可能です。

透明性を保つためのパートナーシップ
Targeting Iraq, Part I: Planning, Invasion, and Occupation, 1997-2004はNational Security ArchiveがProQuestと連携してリリースした40以上の機密解除文書コレクションの一つです。National Security Archiveが選定し機密解除した文書コレクションを、世界の研究者や学生が研究に活用できるようにProQuestが世界中の図書館にオンラインアクセスを提供しています。Digital National Security Archiveは米国の国際関係や安全保障問題を主とした機密文書をテーマ別にコレクション形式でリリースしており、第二次世界大戦後から現在まで歴史的な出来事について詳細なリサーチが進められる一次資料データベースです。

National Security Archiveは政府の秘密主義化をチェックする目的でジャーナリストと学識経験者によって1985年に設立されました。独特の幅広い機能を担っており、ジャーナリズムの調査センター、国際問題に関する研究機関、米国の機密解除文書の図書館・アーカイブ(Los Angeles Timesによると「世界最大の非政府コレクション」)、米国情報公開法の最大の非営利ユーザー、政府情報へのパブリックアクセスを擁護・拡大する公益の法律事務所、開かれた政府の世界的な唱道者であるほか、過去の機密情報のインデキシングと出版を行っています。

イメージ:Jacob N. Bailey二等軍曹(Defense Imagery)[パブリックドメイン]、ウィキメディア・コモンズより


Digital National Security Archive(DNSA)に収録される機密文書は全てテーマ別のコレクションとしてリリースされており、現在49コレクションをご提供しています。1ヶ月の無料トライアルでは全コレクションをお試しいただくことが可能です。こちらからお申込みください。また、製品に関する関するお問い合わせも承ります。こちらからお気軽にご連絡ください(日本語対応可能)。

 

 

Alexander Streetが貴重な音源を収録する新たなコレクションをリリース

フィールドレコーディングの音源と映像、写真、メモにより民族音楽学者と音楽学専攻者に新たな視点を提供

【米国・バージニア州アレクサンドリア:2017年6月26日】 Alexander Streetはこれまで未出版の歴史的なフィールドレコーディング音源と関連資料を新しいコレクションEthnographic Sound Archives Onlineに収録いたしました。このコレクションは文化的・社会的側面から音楽の研究に新たな視点をもたらすもので、世界各地でフィールドレコーディングした選り抜きの音源を2,000時間以上収録するほか、1万ページ以上の現地調査メモ、150時間の映像、数千枚の写真を横断検索が可能な一つのデータベースとして初めてまとめたものです。
現地に出向いて音楽を「収集」する活動は20世紀初頭に始まりました。Frances DensmoreやAlan Lomaxといった初期のフィールド研究者たちは遠方の土地まで出向き、ほとんど知られていない伝統音楽や習俗を記録しています。1960年代になると、音楽収集者たちは文化人類学の理論や手法を取り入れるようになり、やがて学術研究分野としての民族音楽学が誕生しました。

Ethnographic Sound Archives OnlineはWesleyan UniversityのWorld Music Archives、Columbia UniversityのCenter for Ethnomusicology、International Library of African Music、Pitt Rivers Museum of Oxford、Archives and Research Centre for Ethnomusicologyなどが保有するアーカイブ資料と連携して公開されました。このコレクションはMark Slobinのアフガニスタン音楽に関する調査や、Nazir Jairazbhoyのインド古典音楽に関する調査、Hugh Traceyの南・中央アフリカ音楽に関する調査など、特定地域の音楽に関する調査を広範囲にわたって収録しています。
また、Alexander Street™のプラットフォームでは、デジタル空間で実際のアーカイブリサーチををしているような感覚でリサーチを進めることができます。コンテンツとメタデータは実物の検索手段の順序で提供されており、ボックス、フォルダ、ドキュメントの構成がデジタル形式で維持されています。

「このような歴史的に重要性の高い音源を関連する現地調査メモや写真、映像とともに公開することにより、より幅広い社会的・文化的視点が得られます。このようにして、弊社は世界各地の音楽の理論と実際をより深く理解し、分析するために必要なツールを研究者に提供しています」Alexander StreetでSenior Editor for Anthropologyを務めるJenna Makowskiはこのように述べています。「これらの録音の多くは、戦争、紛争、その他外的な要因で既に失われてしまった時代と場所で収録されており、歴史的には極めて貴重です。いわばタイムカプセルのようなものであり、長期的に保存し、多くの人がアクセスできるようにする価値があります。」

Alexander Street, a ProQuest Companyについて
Alexander Streetストリーミングビデオ、オーディオ、、フルテキストのコンテンツを最先端のオンラインツールで提供し、全ての分野における学術研究、教育と学習のスタイルに変革をもたらしています。詳しくはこちらをご覧ください。

ProQuest (www.proquest.com)について
ProQuestは世界の学術研究とラーニングの発展を支援する学術リサーチソリューションカンパニーです。知識の進歩に重要なコンテンツをキュレーションし、研究活動に携わる全ての人と組織のワークフローの簡素化と時間の効率化を支援するため、綿密な精査とインデキシングを付与したアーカイブ資料とともに提供しています。
さらに、情報コミュニティを結びつけることにより、複雑なネットワークシステムやプロセスを一度にかつ効果的に稼動させることが可能です。ProQuestは学術リサーチにおけるシンプルでダイレクトな発見と、類まれな結果の獲得を支援します。

ProQuestとその傘下企業- Ex Libris、 Alexander Street、Bowker – はbetter research, better learning, better insights(より良いリサーチ、より良い学習、より良い考察)を目指し、学術研究で世界に挑戦する全ての人を支援します。


Ethnographic Sound Archives Onlineについての詳細な情報はこちらからご覧ください。またお問い合わせはこちらからどうぞ。