歴史に見る米国初の女性医師

「自分になにができるかなんて、試してみるまでわからないものです。」
―エリザベス・ブラックウェル医師(Dr. Elizabeth Blackwell)

Stanley Bowling  – Manager, Content Digitization 著

エリザベス・ブラックウェル(Elizabeth Blackwell)は1849年、女性としては米国で初めて医学の学位を取得しました。彼女に学位を与えたのはニューヨークのGeneva College(現在のHobart College)でした(フィラデルフィアの複数の医科大学は彼女の入学申請を却下しています)。ブラックウェル医師の業績について一次資料を調べると、次の2つのことがわかります。

  1. 女性初の医師である彼女に関する、洞察に満ちた歴史的な情報が数多く存在する。
  2. パイオニアされる多くの人物に良く見られるように、ブラックウェル医師のキャリアは称賛と辛らつな批判の両方の対象となった。

「女性がどんなことに挑戦できるかを示す一例」または「(中略)卒業式、より正確には茶番というべきか」

彼女の学位授与式で講演した人物はは、これが歴史上稀有な出来事であり、ブラックウェル医師はほとんど「克服不可能」なことを成し遂げたと述べました。

自己犠牲的に科学に没頭し、ほぼ克服不可能な困難と障害をものともせずに不屈の努力を重ね、絶え間ない苦労の時期を乗り越えて、重要でありながらほとんどの女性が持たない知識を追求し、そしてまた人の苦痛を和らげ、病人を助け、広く世の中の役に立つことを目指す。これは、寛大かつ思いやりのあるすべての人にとって心から称賛するに値することであり、実際に称賛を得るでしょう。これは科学の知識と高潔な博愛精神に励まされたときに、女性が何に挑戦し、達成できるかを示す顕著な一例として、将来にわたり傑出した出来事となるでしょう。

しかし、Boston Medical and Surgical Journalは「卒業式、より正確にはブラック嬢に医学の学位を授与したGeneva Medical Collegeが演じた茶番というべきものの詳細」と表現し、重要な出来事というよりはむしろ馬鹿げたこととして捉えています。

さらに、この記事は重要な「直観的情報」として、ブラックウェルの野心と業績は自然の秩序そのものに反すると論じています。

従来、直観的感覚による正当性からすべての文明国においては法律、医学、神学は男性の職業とみなされており、男女ともに広く認めるように、これらの職業に付随する断固とした任務と責任は、常に男性の肉体的および精神的本質に最も適合したものであった。女性は明らかに別の領域に適しており、重要性、名誉、高潔さにおいては勝るとも劣らないが、より洗練された、繊細な役割を担うようにできていた。

Detroit Free Pressなどいくつかの出版物は、ブラックウェル医師が「優等」で卒業したことと、「優等に選ばれるために必要なすべての項目を誠実にこなして」いることを伝えており、彼女と同時に医学の学位を授与された他の18人の「若い紳士」と同じ要件を達成できたことを示しています。

ブラックウェル医師は故郷のイングランドに帰り、長く医療の道を歩みましたが、当初は仕事で苦労したことをBlackwood’s Edinburgh誌が伝えています。

「そうですね。1849年にはエリザベス・ブラックウェル女史はとても苦労しました。当時の米国は今ほど文化的に洗練されていませんでしたから。彼女はニューヨーク州のGenevaで医学の学位を取得しています。」

「1858年にイングランドで開業し、医師登録簿への登録を要求しました。彼女はイングランド生まれですが、英国よりも理解のあるアメリカを通じてしかイングランド人医師になれませんでした。」

皆さんご存知のとおり、その後法律と社会は進歩します。結果的にブラックウェル医師は新たに設立されたLondon School of Medicine for Womenに教育者として加わり、自らがその創設に貢献した婦人科の医師を育成することになるのです。

ブラックウェル医師のについての調査に役立つ様々なリソースの紹介

ブラックウェル医師の経歴に関するリソースはProQuest Historical NewspapersとHistorical Periodicals Database以外のリソースでも調べられます。ProQuestの学位論文データベースであるDissertations and Theses Globalにもブラックウェル医師の詳しい参考文献が収録されており、History Vaultには個人的資料を電子化した高解像度画像の一次資料が豊富に収録されています。その中のひとつ、彼女の姪が書いたものをご紹介しましょう。

私の叔母エリザベス・ブラックウェル医師を困難な仕事に駆り立てたのは天からの霊感であり、天から注ぎ込まれる霊感こそがあまりにも妨害的であったはずの環境の中で叔母を励まし続けたことを私たちは理解し、強調すべきだと感じています。

History Vaultにはこの他にもブラックウェル医師に関する文書を収録しており、これらの資料の多くは女性学に関するモジュールに収録されています。その中にはより現代的な視点で捉えたブラックウェル医師の功績に対する認識も含まれています。例えば、Women’s Action Allianceモジュールにはブラックウェル医師にちなんで1970年に名付けられた中西部の診療所のパンフレットをスキャンしたデータを閲覧することが可能です。。

数十年後、ブラックウェル医師の力量は1849年の卒業式に出席した誰もが予想できなかった方法で認められ始めました。1916年12月20日のPalm Springs Desert Sunの見出しには「寿命が訪れるまでは死にたくないと思いますか?」と書かれています。この記事の結論はこうです。「女性医師に診てもらいましょう。」


参考文献

  • Doctress in medicine.(1849, Feb 07). The Boston Medical and Surgical Journal (1828-1851), 40, 25.
  • The Late Medical Degree to a Female.(1849, Feb 21). The Boston Medical and Surgical Journal (1828-1851), 40, 3.
  • A Woman-Hater. Blackwood’s Edinburgh magazine; Nov 1876; 120, 733.
  • Advertisement. Examiner; Mar 20, 1875; 3503, 225.
  • A Novel Circumstance. Feb 24, 1849. Detroit Free Press (1848-1851), pg 2.
  • Ray, J. M. B. (1992). Women and men in American medicine, 1849-1925: Autobiographies as evidence. (Order No. 9239340, The University of Texas at Austin). ProQuest Dissertations and Theses, 518
  • Women’s Studies Manuscript Collections from The Schlesinger Library, Radcliffe College, Series 1: Woman’s Suffrage, Part E: The Midwest and Far West
  • Women’s Action Alliance, Part 8: Library, Publications, and Photographs, 1972-1995

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